2018年、明けましておめでとうございます

お陰さまで4年目を迎えた東京岐阜県西濃会、2018年もどうかよろしくお願い致します。

2015年1月1日の当会ホームページ(→)の2番煎じではありますが、1月3日、岐阜から帰京する新幹線の車窓からの西濃運輸富士支店と富士山をお届けします。

西濃運輸富士支店2018

今年は2015年とは違い。12月に降った雪が年初からの低気圧による強風で吹き飛ばされていました。同じ季節でも気候によってずいぶんと見た目が違いますね。

2018年の夏も東京ドームで西濃運輸を応援できますよう。

2017年も1年間ありがとうございました

2014年1月17日に当会を設立してから4年が過ぎようとしています。

この4年間、当初の理念通りの活動ができたかについては些か心許ないものがありますが、一方で会を4年間継続できたのは個人・法人会員の皆様、大垣市役所をはじめとした西濃の自治体や企業の皆様やゆかりの方々に支えて頂いたからこそ、と思います。改めて御礼申し上げます。

2018年度も引き続き西濃を盛り上げるべく、活動して参りたいと思いますので引き続きご支援賜りますようよろしくお願い申し上げます。

伊吹山 冬の夕刻

西濃で過された方には見慣れた景色ですが、大垣駅周辺から望む冬の黄昏時の伊吹山です。間もなく雪をいただき輝き出します。

『誰でも自分の住む町から見た伊吹山が一番綺麗だと言うんだよね』子供の頃、自分の住む町から見た伊吹山の美しさを自慢した際に友人から言われた言葉を今でも覚えています。 みなさまにとって2018年も良き年でありますよう!

 

第四期定期総会で大垣市からこんな記念品を出席者全員に頂きました

第四期定期総会の報告記事で触れました、大垣市から出席者全員に頂戴した記念品はエコバッグと本革製マウスパッドのセットでした(写真↓。色は各色ありました)。

大垣市から頂いたお土産。ご出席者全員にお配りしました。

大垣市立かわなみ作業所分場の皆さんが作られた作品です。エコバッグは綺麗にパイピングが施してあり、しっかりした作りになっています。

大垣市立かわなみ作業所 分場の皆さんに作って頂いたエコバッグと本革マウスパッドです

大垣市立かわなみ作業所 分場の皆さんに作って頂いたエコバッグと本革マウスパッドです

そして本革製のマウスパッドにはおがっきいとおあむちゃんが型押ししてありました。下の写真でもわかると思います。

本革のマウスパッドには、おがっきいとおあむちゃんがエンボス加工されています

大垣市立かわなみ作業所は昭和43年(1968年)の設立。現在は南頬(みなみのかわ)町の分場と併せて約100名の方が働いておられます。

今回頂戴したエコバッグやマウスパッド以外にも色々な商品も作っておられます。ネットでも注文できるようですので(→こちらです)ぜひ一度ご覧になってください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホームページの使い勝手を改良しました

本会も設立4年を迎え、ホームページの記事も少しずつではありますが貯まってきました。貯まった記事の検索・アクセスをしやすくするため、トップページを改善しました。

今まではトップページ左上のカテゴリ別の記事の目次をクリックすると、いきなり記事本文が開いてたのを改め、最初にそれぞれのカテゴリ別の記事の全タイトルを時系列で表示、ご覧になりたい記事のタイトルをクリックして記事本文を開いて頂く形式としました。

なお”ニュース”というカテゴリは総ての記事を対象としていますので、ジャンルに関係なく、どんな記事が載っているかを一覧できます。

今後もこのような使い勝手の改良を続けて行きますので、引き続きよろしくお願いいたします。

西濃の水

※PCでご覧の方は、写真にマウスのカーソルを当て、右クリックして『新しいタブで画像を開く』を選択すると大きなサイズで写真が見られます。

 

本ホームページでも西濃の水について時々触れていますが、ちょっとまとめてご紹介したいと思います。

西濃地方とは、ウィキペディアから借用した地形図にある通り、名古屋市を中心とし濃尾平野wikipediaて愛知・岐阜両県にまたがる濃尾平野の西北端に位置し、養老山地と伊吹山地に接しています。伊吹山地は冬期、日本海側の福井県敦賀市周辺からの雪雲が直接ぶつかるため日本有数(どころか世界最深積雪を記録しています)の豪雪地帯です。この雪が溶けて地下水となって西濃地方に豊富過ぎる水をもたらしてくれています。

豊富で良質な地下水は弱アルカリ性の軟水ですので、当然ながら肌には優しいものです。そこで江戸時代には『大垣の女性は肌が綺麗』と喧伝されていました。 もっともご先祖が大垣藩士だった岐阜出身の映画監督・篠田正浩氏に伺ったところでは、江戸時代、東海道と並んで東西の主要交通路だった中山道の赤坂宿(今の大垣市赤坂町)で、旅行者に『大垣の美肌美人』を宣伝するためだったとか。

時代は明治に移ると殖産興業のかけ声の下、濃尾平野には毛織物業が集積します。 毛織物業の工程はざっと以下の3つの行程に分かれます。

①紡績:羊の毛を糸に加工する

②織布:その糸を織って織物加工する

③縫製:織物から衣類を作る

 

濃尾平野の毛織物業は、

①豪州から輸入された原毛を水の豊富な西濃で紡績して糸にします。

②西濃で作られた糸を尾張一宮等の愛知県西部で毛織物にします。日本を代表する毛織物メーカーであるダイドーリミッテッド(旧大同毛織)は愛知県稲沢市で、御幸毛織は名古屋市で創業していますし、ニッケ(旧日本毛織)も一宮市や岐阜市に工場があります。

③そして織物から作った衣服を大量に流通させたのが岐阜市の繊維問屋街。

このように濃尾平野を一周すると羊の毛がスーツに仕上がるようになっていました。

そこで西濃の水と毛織物業との関係に戻ります。                毛織物業の原料は主に豪州から輸入した羊の原毛です。1971年のニクソンショック以前、西濃の小学校の社会科見学では地元の紡績工場を訪問させて頂くこと一般的でした。私もその一人ですが、工場の原料倉庫に山積みになった刈り取ったばかりの羊毛には羊の汗や皮脂や泥・草等が付着したまま。なんとも言えない異臭が今も鮮明です。アイルランドのアランセーターやカナダのカウチンセーターと言った未脱脂毛を使ったセーターといえども最低限の洗浄はしていますから、その臭さは比較になりません。

この原毛を石けんと大量の水で洗った上で糸に紡ぐのが紡績業。

豊富すぎる水があった西濃の地に紡績産業が着目したのは必然でした。おまけに大量高速輸送の手段が鉄道だったこの時代、東海道線の存在も見逃せませんでした。

ここまで、『ウールができるまで』 日本毛織物等工業組合連合会HPを参考にさせて頂きました。

1971年のニクソンショックまで西濃には主立っただけでも以下のような紡績・繊維工場が集積していました。合繊業も含めて繊維産業の一大集積地だった訳です。

・近江絹糸(現:オーミケンシ株式会社)

・鐘淵紡績(現:カネボウは事業分割され、大垣工場の事業は三甲テキスタイル株式会社が継承。)

・三興紡績(破産)

・都築紡績(現:KBツヅキ)

・帝国繊維(現在も同じ)

・東亜紡績(現:トーア紡コーポレーション)

・東邦レーヨン(現:東邦テナックス)

・豊島紡績(現在も同じ)

・ユニチカ(現在も同じ)

・和興紡績(現:ワコー化成)

 

埼玉大学教育学部の谷謙二准教授が公開されている今昔マップで西濃地方の過去の地図と現在の地図が対比できます。この地図の中京圏の1968-1973年と現在を比較してみると往時の繊維産業の隆盛降りがよくわかります。→今昔マップ

この繊維産業を支えたのが豊富すぎる地下水、だったはずですが、流石に昭和40年代半ばの高度成長期末期には水資源の枯渇が目立っていました。この頃になると涸れる井戸や自噴井が増えだし、地盤沈下現象も報告されていました。『昔は節を抜いた孟宗竹を田んぼに挿せばどこでも水が出てきたのに』といった昔話を良く聞くようになった時期でもあります。                           それが1971年のニクソンショックと日米繊維交渉の結果、日本の繊維製品は、これまで席巻していた北米市場を失い、規模縮小を余儀なくされました。

その結果、利用量の減った豊富すぎる地下水は徐々にかつての姿に戻りました。ついでに言えば、紡績工場だった土地が巨大ショッピングセンターに姿を変えるケースが多く、結果的に狭い商圏に十分すぎるショッピングセンターが並立し、厳しい競争となっています。

曽根の池

曽根の池。これも湧き水でできた池

 

さて、長すぎた前置きのあとで大垣市北部の曽根城公園での地下水の様子をご紹介します。

曽根城公園→大垣市の紹介ページ

戦国時代の稲葉氏の居城だったために曽根城と称していますが、華渓寺という臨済宗のお寺の敷地です。お城だった名残でお寺の周囲は堀で囲まれています。湧き水でできた堀なので極めて透明度の高い水で満たされています。

華渓寺旧堀(湧水池)2

華渓寺旧堀(湧水池)ハリヨが住む池

 

華渓寺旧堀(湧水池)

華渓寺旧堀(湧水池)

この水の中に天然記念物のトゲウオの一種、ハリヨが生息しています。湧き水の中でしか生息できないハリヨ(西濃ではハリンコと呼んでいます)の大切さを教えるのも西濃の小中学校の授業の一環でした。→ハリヨについて(大垣市)

華渓寺湧水池に生息するハリヨ

華渓寺湧水池に生息するハリヨ

門前には華渓寺が設けた自噴井公園があり、誰でも湧き水を楽しめるようになっています。

曽根華渓寺乃福水2

曽根華渓寺乃福水(アップ)

曽根華渓寺乃福水

曽根華渓寺乃福水。ポンプも使わず地下水があふれ出ている

自噴井の水は当然ながら軟水ですので、お茶などに使うと甘く美味しく頂けます。

この曽根城址公園は春には花菖蒲の名所ともなります。また、幕末の志士・梁川星巌ゆかりの地でもありますので、西濃方面においでの際にはぜひお立ち寄りください。

わくわく湧き水マップ(大垣市)

 

付録:今の西濃の産業の中心は半導体産業

今の西濃は半導体産業。イビデン大垣中央事業場(ICパッケージ基板を製造)

今の西濃は半導体産業。イビデン大垣中央事業場(ICパッケージ基板を製造)

第四期(2017年度)定期総会ならびに懇親会を開催します

東京岐阜県西濃会 第四期(2017年度)定期総会ならびに懇親会の日程と場所が決定しましたのでお知らせします。

東京岐阜県西濃会は2014年1月17日の発足式で産声を上げて以来、皆様に支えて頂きながら3年半を過ぎ、第4回目の定期総会を迎えることができました。誠に有り難うございます。

今回の講演は、今年29年旭日重光章を授与された本会名誉会長・立川敬二氏による記念講演です。叙勲の裏話等興味深いお話をしていただけると思います。

お忙しいことと存じますが、奮ってご参加ください。

 日時場所

日時:2017年11月17日(金)午後7時~

場所:日比谷サロー2階(東京都千代田区日比谷公園1-1)

日比谷公園内にあります。メトロ日比谷駅A-10出口から西に徒歩2分です。

http://www.tokyobeergarden.com/tokyo/hibiyasaroh.php#googlemap

日比谷サロー

日比谷サロー(HPから)

 

 式次第

午後6時30分:受付開始

午後7時~:定期総会

午後7時15分~7時45分:記念講演

午後7時50分~:懇親会

 

↓案内パンフレットです(クリックすると開きます)

第4期定期総会のご案内

第29回西濃関係者情報交換会が開催されました

平成29年8月30日(水)、ルポール麹町で第29回岐阜県西濃関係者情報交換会が開催されました。岐阜県西濃関係者情報交換会は大垣市が、毎年一回在京の西濃出身者・関係者と懇親を図るものです。今年も小川敏 大垣市長、岩井 哲二 市議会議長、堤 俊彦 商工会議所会頭をはじめとする大垣市ご関係の方々のみならず、棚橋泰文 衆議院議員、小林政人 岐阜県西濃事務所長、「奥の細道むすびの地 大垣」交流大使のマラソンランナー 千葉真子さん、大垣市のマスコットキャラ・おがっきい、おあむちゃん等、100名近いご出席の方々と西濃の味で盛り上がりました。

当会から大垣市栄誉市民でもある立川名誉会長、杉野会長等が参加しました。

(青いフォントはすべて関連サイトにリンクを張っていますのでご覧になって下さい)

おがっきい達と小川敏市長

おがっきい達と小川敏市長

棚橋泰文衆議院議員(岐阜県第2区=西濃地区選出)ごあいさつ

棚橋泰文衆議院議員(岐阜県第2区=西濃地区選出)ごあいさつ

 

奥の細道むすびの地 大垣交流大使の千葉真子さん。今年12月10日に開催されるおおがきマラソンに出場されます。→大垣市による案内

→千葉真子さんブログ

https://ameblo.jp/chiba-masako/ http://www.ogaki-marason.jp/

千葉真子さんも枡屋の枡でカンパイ!

 

おあむちゃん&おがっきい人形(着ぐるみとどちらが可愛いですか?)

おあむちゃん&おがっきい人形(着ぐるみとどちらが可愛いですか?)

今年の会では平成32年に現庁舎の隣接地(大垣税務署裏)に8階建てに建て替えられる市庁舎の紹介(→大垣市発表の基本設計書)と、建て替えのためのふるさと納税が紹介されました。

南東から見た新庁舎のイメージ

広報おおがき 2017年1月15日号に掲載された新市庁舎

会場にはふるさと納税の返礼品がずらりと並べられ、試食させて頂きました。写真だけですが当サイトでもご紹介させて頂きます。(今年9月1日から大垣市在住の方は大垣市の返礼品はもらえなくなりました。一応ご注意願います)

→大垣市のふるさと納税サイトへ

まずは枡工房枡屋(大垣市西外側町)の枡と大垣の地酒で乾杯!

http://www.masuza.co.jp/

乾杯の杯はますやの枡で!

大垣市東前の種田養蜂場の採れたまんまの国産蜂蜜。4~6月は西濃の田んぼに田植え前に植えられているレンゲや菜の花から採った蜂蜜です。

http://oida-honey.com/

採れたまんまの国産蜂蜜

西濃の特産、豊富な湧き水で育てた大垣市曽根町の名水わさびです。飛騨牛にピッタリでした。

http://meisuiwasabi57.com/

大垣の豊かな伏流水で育った名水わさび(大垣市曽根町)飛騨牛には欠かせません

大垣市北部の曽根町には伏流水による池が多く、そこには清浄な湧き水にしか住めない天然記念物の魚・ハリヨが生息しています。曽根城公園は春の花菖蒲でも有名です。→大垣市のYouTube

また、曽根町からは幕末の志士・梁川星巌も出ていますね。

IMG_9625

伏流水で満たされている曽根城址公園の池。

そして名水わさびと名コンビの飛騨牛。大垣市のふるさと納税の返礼品でも目玉になっていますね。実は飛騨牛は大垣市の(株)吉田ハムがブランド化したのです。 →(株)吉田ハム ホームページの飛騨牛物語

大垣で飛騨牛を頂くなら:https://tabelog.com/gifu/A2101/A210104/21007669/

会場で出された飛騨牛です

 

飛騨牛はカレーに使っても美味。こちらもふるさと納税の返礼品で選べます。→(株)吉田ハムの飛騨牛カレー

http://www.yoshida-ham.co.jp/product08.html 実は飛騨牛を世に出したのは大垣市の吉田ハムなのです。 大垣市にふるさと納税して頂ければゲット https://www.furusato-tax.jp/japan/prefecture/21202

吉田ハムの飛騨牛カレー

なお、大垣市内で飛騨牛を頂くなら 飛騨牛すずき さんがおすすめです。

焼肉・しゃぶしゃぶ  すずき
大垣市南頬町1丁目148番地の1
Tel・Fax (0584)75-2585                           http://www.suzuki.shop-site.jp/

http://www.nisimino.com/nisimino/tokusyu/nasi/

地下水の豊富な大垣は梨の特産地でもあります

西濃の豊かな湧き水はみずみずしい梨も育みます。写真のキャプションにあるように大垣は県内2位の梨の産地。毎春、桜が散る頃に白い花がそこかしこで満開となり、西濃の春はたけなわとなります。

 

返礼品には大垣のお菓子もあります。

こちらは金蝶園(大垣市高屋町)の三輌やま(さんりょうやま)です。

http://www.kinchouen.co.jp/item/

金蝶園(大垣市高屋町)の三輌やま(さんりょうやま)

そしてこちらは同じく金蝶園の大垣あんぱん饅頭です。

http://www.kinchouen.co.jp/item/

金蝶園(大垣市高屋町)のあんぱん饅頭

会場に掲示された大垣ゆかりのポスターたち。

去年は大今良時さんの聲の形、今年は中村航さんのトリガール

会は盛況のうちに19時半にお開き。会場を撤収して最終の新幹線で大垣に戻られた市役所・ご関係の皆様、本当にご苦労様でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

関ヶ原合戦跡に行ってきました(一部加筆修正しました)

※PCでご覧の方は、写真にマウスのカーソルを当て、右クリックして『新しいタブで画像を開く』を選択すると大きなサイズで写真が見られます。

映画「関ヶ原」の公開も今週末に迫り、テレビでも予告CMがTBS中心に数多く打たれていますが、お盆で帰省した折に久しぶりに関ヶ原に行きました(名所・旧跡はどこも同じですが、意外に地元の人間は行かないものです)。

≪地図の写真はブラウザを拡大してご覧ください≫

JR東海道線で名古屋から50分弱(東京から東海道線で大船くらいですね)。天下分け目の関ヶ原駅前交差点です。

JR東海道線・関ヶ原駅前交差点

JR東海道線・関ヶ原駅前交差点

毎年冬、名神高速・東海道新幹線が大雪で乱れるたびに名前が全国放送されるので、関ヶ原をお耳にされた方も多いと思います。町内を東西に走る国道21号は岐阜県東部の瑞浪市から滋賀県の米原市までを旧中山道に沿って結ぶ、岐阜県美濃地方の大動脈ですが、豪雪地帯の関ヶ原町内では道路脇には雪捨て場が大きく取られています。

関ヶ原町の中心を走る国道21号線の路肩には豪雪地らしく雪捨て場が設けてある

関ヶ原町の中心を走る国道21号線の路肩には豪雪地らしく雪捨て場が設けてある

久々に見た古戦場の感想は昔と変わらず、「山あいで狭いなあ、本当にここに10万人(とも20万人とも)の兵隊が布陣したのかなあ?」。

決戦地~徳川家康最後の陣地跡からの景色。左手の西軍・石田三成陣地とは数百メートルしか離れていない

決戦地~徳川家康最後の陣地跡からの景色。左手の西軍・石田三成陣地とは数百メートルしか離れていない

東京ドームは収容人数4万7千人ですから、ドームの巨人戦の二倍の人数なのか、と思えてしまいます。しかし巨人戦は延長しても最長5時間、コンサートでアンコール満載でも3時間くらいです。しかし合戦は陣地を決めて陣地を築いて合戦準備を整えても戦いは時の運。何時間でも何日でも待つ場合もあります。

当時の日本人は基本的にコメや雑穀で栄養を摂っていました。合戦の場合ですと、米にして一日五合が兵糧の標準だったようです。5合のお米は約750グラム。これが10万人分となると一日75トン。トラックや鉄道も無い時代、輸送の主力は駄馬でしたが、馬一頭が運べる重量は100Kg程度。ですから10万人の兵に三食食べさせるためには一日あたり700~800頭の馬が必要だったのです。(その馬に食べさせる馬糧も必要ですね)。人が担いで運ぶ手もありますが、人が背負えるのはせいぜい30~40kg、米の運搬係(軍事用語では輜重隊(しちょうたい)と言います)だけで毎日2,000~3,000人が必要になります。

兵糧は現地調達と思いがちですが、関ケ原町は今も人口7,500人。しかも戦国時代、このような合戦の時には戦場にならない山中に住民は食料共々避難してしまいますから、選択肢にならない場合が多かったようです。

映画「関ヶ原」のキャプションに『わずか6時間で決した』とありますが、補給(兵站・ロジスティクス)を考えると短期決戦とならざるを得なかったと思います。

関ヶ原戦跡地図。狭い山間に今もJR東海道線・新幹線・国道21号・新幹線が密集している東西交通の要衝

関ヶ原合戦地図。東(向かって右)から攻める東軍を山上から迎え撃つ布陣だった

関ヶ原合戦地図。東(向かって右)から攻める東軍を山上から迎え撃つ布陣だった

 

上の地図のように、その狭い土地でなぜ天下分け目の戦いが行われたのか?

布陣図

布陣図

古来から現代まで兵法の常識では、自らより多勢の敵を迎え撃つ場合、隘路(あいろ・両脇を山に狭められた土地や道)に誘い込んで攻める戦術が常道とされてきました。大軍といえども狭い道では少人数の長い列を作らざるを得ない、今で言うと三車線だった高速道路が出口を過ぎて一車線になると大渋滞するようなものです。そうして身動きとれないでいるところを横から襲う戦術です。

石田三成もその常道に則って、東から一本道の中山道を進んでくる東軍を傘型に迎え撃つ計画だった事が上の布陣図からは読み取れます。 小早川秀秋達の寝返りが無ければ、勝敗の帰趨はわからなかったと思います。

関ヶ原古戦跡探索の起点・関ケ原町歴史民俗資料館はJR東海道線関ヶ原駅から徒歩数分

関ヶ原古戦跡探索の起点・関ケ原町歴史民俗資料館はJR東海道線関ヶ原駅から徒歩数分

駅の近くには首実検した首を葬った首塚があり、そこから数分歩くと関ケ原町歴史民俗資料館があります。ここで情報収集してからレンタサイクルを借りて(→)古戦場跡を巡るのが一番効率的と思います。

関ケ原町歴史民俗資料館館内。映画・関ヶ原のポスターも。(館内撮影禁止のためロビー風景です)

関ケ原町歴史民俗資料館館内。映画・関ヶ原のポスターも。(館内撮影禁止のためロビー風景です)

資料館では岐阜県が推進している世界三大古戦場展を開催していました。

世界三大古戦場とは、ナポレオン一世が最終的に敗退するワーテルローの戦い、南北戦争の帰趨を決めたゲティスバーグの戦い、そしてSEKIGAHARAです。

岐阜県が推進する「世界三大古戦場」展

「世界三大古戦場」展

資料館の向かいは徳川家康の最後の首実検場が綺麗な公園になっています。最初に整備したこの地の領主・竹中家とは、軍師・竹中半兵衛の子孫です。

東軍・徳川家康の首実検場跡

床几場(東軍・徳川家康の首実検場)跡

関ケ原町歴史民俗資料館前の東軍首実検場また、資料館の付近の施設や通りのあちこちにこんな案内が。

関ケ原町の各地にはこのような合戦跡地の案内がちなみに資料館のあたりの大字(おおあざ)は今も陣場野です。

関ケ原町歴史民俗資料館の位置する場所は今も陣場野と言う

役場から1kmほど北側には石田三成(映画では岡田准一さん)や島左近(映画では平岳大さん)が陣を構えた笹尾山が。

西軍・石田三成、島左近の陣が置かれた笹尾山の麓から

笹尾山の麓

島左近が陣を構えた笹尾山の麓には関ヶ原ファンの皆様が作られた馬防柵が設けられ、雰囲気を出していました。合戦の折には視界の妨げになる生い茂った樹木は伐採されていたはずなので、そこはご想像願います。

笹尾山には合戦当時を忍ばせる柵が作られていた

笹尾山の馬防柵

ちなみに山頂から石田三成が眺めた景色は;

西軍主力陣地・笹尾山頂から見た関ヶ原。低い山に囲まれ、限られた平地

西軍主力陣地・笹尾山頂から見た関ヶ原。低い山に囲まれ、限られた平地

 

西軍主力陣地・笹尾山頂から見た関ヶ原。低い山に囲まれ、限られた平地

笹尾山頂から見た関ヶ原(アップ)

景色の写真だけでは何もわからないので、笹尾山頂に掲示してある地図をあわせてご参照下さい。

笹尾山頂から見た合戦史跡位置図

笹尾山頂から見た合戦史跡位置図

 

笹尾山の西軍・石田三成陣地跡

笹尾山頂の西軍・石田三成陣地跡

そして笹尾山の麓から200mほど下った場所に、決戦地と言われる徳川家康の合戦最後の陣地跡が。

決戦地~徳川家康最後の陣地跡。西軍・石田三成の本陣は左奥の山上

籠もれる大きな城郭も無く、山に囲まれた狭隘な交通の要衝で行われた合戦。米だけで一日75トンにものぼる補給を考慮すると、合従連衡の術策を尽くしての短期決戦は必然だったと思います。

映画がそこをどう描くか、楽しみです。

岐阜県と関ケ原町は平成27年3月に策定した「関ケ原古戦場グランドデザイン」に基づき関ケ原古戦場の整備事業を進めており、映画「関ヶ原」とのタイアップもその一環です。→岐阜県と関ケ原町の事業サイト。イベント情報も満載です。

 

ちなみに関ケ原町は岐阜県の西端。滋賀県と境を接しています。名古屋文化圏の西濃地方がこの県境を越えると京都文化圏の近江に変わります。そんな県境の町、関ヶ原を象徴するように、関ヶ原ウォーランド(合戦テーマパークです)の向かいのレストランでも岐阜県が誇る飛騨牛と滋賀県が誇る近江牛が平和共存していました。

岐阜県最西端の町らしく、レストランの和牛も岐阜県の飛騨牛と滋賀県の近江牛が並んでいる

 

 

 

大垣北高出身の作家・中村航さん原作の映画「トリガール」が公開されます

大垣北高出身の作家・中村航さんの小説「トリガール!」(角川文庫)英勉監督とNHKの朝ドラ「まれ」のヒロインや数々のドラマ・映画で活躍される土屋太鳳さんの主演で映画化されます。→映画公式ホームページ

1977年から毎年琵琶湖で開催されている鳥人間コンテストに懸ける女子大生を土屋太鳳さんが演じています。

公開は9月1日(金)。映画の舞台は彦根市ですが原作者は大垣の中村航さん。ぜひ劇場に足をお運び下さい。

8月26日(土)公開の映画「関ヶ原」 タイアップコーナーが開設されます

予告編やポスターでご存じの方も多いかと思いますが、司馬遼太郎氏の小説を原田眞人監督の手で映画化された映画・「関ヶ原」がいよいよ8月26日(土)に封切られます。→映画公式ホームページ

封切りに先立つ8月19日(土)11時~18時に東京駅前のKITTEビル・地下1階の広場(東京シティアイ)に岐阜県主催のタイアップコーナーが開設されます。→東京シティアイのイベント告知

当日11時からは岐阜県の神門副知事、関ケ原町の柴田副町長がテープカットを行うとともに、甲冑の着付け体験(大人用もあります!)、映画のシーンと現地の見比べパネルや・島左近(演:平岳大)・大谷刑部(演:大場泰正)の甲冑レプリカの展示、関ケ原関係の書籍の販売等が行われます。入場・観覧は無料ですので、お時間がございましたら、是非お立ち寄りください。

詳細は添付の岐阜県広報資料(PDF)をご覧下さい。記者発表資料(映画タイアップ)_0814